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「ツバメももう、元の世界に帰ってもいいかって、思ってそうだけどさ」
立ち上がった汐音は、後ろの出窓の薄いカーテンを開け、窓枠に両肘をついて背中を向けた。
「何で言い出さないのかなって。オレ、ちょっと不思議だったんだよ」
窓を開けてみたところで、外階段と隣の建物が見えるだけだからだろうか。うっすらと硝子に映る汐音とツバメを見ているように、汐音は窓そのものをぼんやりと見ている。
「こういうのってさ。きっと、人間から見れば、つまらない日常なんだろうけど」
汐音の声がまるで祈るように、柔らかであるせいかもしれない。意味がわからず、抵抗もできず、ツバメの焦燥だけが早まっていく。
「平和な目的のために、ただ平和に生きる。オレにはなかなか、できなかったよ」
それは紛れもなく、汐音自身も意外らしい、不意に表れた拙い望みだった。
「……まだ、終わりたくない。ずっと続けばいいのに、なんてね」
起きているツバメには、直接言えなかったのだ。今まで何にも執着せずに、孤高に生きてきた悪魔が、おそらく初めて欲しいと思ったもの。
叶える気など、そこにはなかった。ツバメには帰る場所があり、この生活は仮初めのものだと、どちらも知っている。
ただこれまで、あまりに汐音が、幸薄かっただけだ。こんな何でもない共同生活を、得難いものと感じてしまう程に。
ツバメは違う。養子先でも、そもそもの家族も、ツバメを守ろうと誰かが傍にいてくれた。だから汐音の孤独が居た堪れない。
時雨は違う。自ら闇に生きると望み、近しい者達から隠れた。そうでなければ、「燕雨になる」ことができないのだから――
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