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谷空木の桃色の花が、ぽとりと一つ、流し台に落ちた。
呼吸を殺し、気取られないよう起き上がった彼に、落花と同時に汐音が振り返った。
「アレ? 寝てなくていいの、ツバメ?」
立ち尽くす彼を見て、にこにこと汐音は、開けていたカーテンをするりと閉める。
「何、ポカンとしてんの? それと何で、チョーカー握り締めてんの?」
不思議そうに彼を一瞥しつつ、するりと横を抜けて、布団と平行に並ぶソファに座る。
これでは少なくとも、タライの場所を赤く汚すことは再現されない。帰宅からこちら、同じように進んだはずの彼らの時間は、あっさりと血の未来を塗り替えていた。
「…………」
分岐の要因は簡単な事だった。黙ったまま彼はキッチンを横目で見て、何が運命を変えたかをすぐに悟った。
「あ、その花、花瓶がないからドライフラワーにしてみよっかなって。作り方全然知らないけどね!」
流しの上の水切り棚に、彼の持ち帰った谷空木が、逆さまに吊るされている。これは先の結末にはなかった光景だ。
入居時に使った荷造り紐を枝に巻き、細い金属パイプに括りつけてある。洗濯の後に汐音がごそごそしていたのは、この作業だったらしい。
とりあえず彼は、苦しい一言しか口にできなかった。
「……鋏。出したなら、元の所に直しとけよ」
いつもは彼の枕元に近い、壁かけに入れてあるはずの利器が、シンクの横に投げ出されたままだ。紐を切るのに使われたのだろう。
道理で、気配を殺した彼が小物入れから掴んだ凶器は、鋏に引っ掛けていたはずのチョーカーだけになったわけだ。奇襲ができなくなれば、汐音はそう易々と殺せる相手ではない。
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