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 戸籍もビザもない異邦者のツバメは、駅前商店街で、密かな有名人となっている。  個人経営の商店で、人の好さそうな店主を直観的に探し、日雇いで働かせてもらう。それがようやく、最近は軌道に乗ってきていた。  怪し過ぎる身上のツバメを信用してもらうため、向こうの言い値と時間で働く。決して無理に自分を売り込みはしない。  その働きぶりは好評で、容姿も人好きがするものらしく、日増しにツバメの評判は上がっていたのだが……。 「やっぱり……もう、開いてないよな」  もっと都会なら違うというが、この辺りでは週末になると、店が閉まるのが早い。  白けたシャッター通りの前で、ぶるりと薄着で立ち尽くすしかない。 「食べ物屋は……苦手、だしな……」  忠告されたこと以外、仕事を選ぶつもりはないツバメだが、致命的にできないことがあった。  この時間、開いているのは飲食店や居酒屋くらいだ。しかし食事の不要なツバメは、何かを食べることができない。  その手の店はほぼ必ず、ツバメに店の物を食べさせようとする。そうした賄いを持って帰るのは良くないらしく、それだと猫にも与えられない。猫にはそもそも、人間の食事は適さないという。  部屋では寝っ放しの汐音は、たまに何かを食べるが、それもとても元気な時に限られている。  ツバメが痩身のこともあるのだろう。善意の賄い攻勢を断るのは大変で、どうしても二の足を踏んでしまう。
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