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恐る恐る鏡を見ると、彼の姿は、ツバメである金髪に戻っている。しかし、汐音が振り返った直後はどうだったのだろう。
今の彼は、銀髪でないなら時雨ではないはずだが、凶行に及ばんとした胸の鼓動だけはありありと残っていた。
背筋が冷えて、薄い胸板から飛び出しそうに逸る身命の音。
憮然としている彼に、ソファの上であぐらをかいた汐音が、無邪気な顔付きで微笑んでくる。
「悪い夢でも見た? 最近よくうなされてるしね、オマエ」
「……」
これだけ近くで、汐音が先程の時雨の気配に気付かなかったことが有り得るだろうか。平和ボケにも程があるだろう。
そもそもツバメ自身が、自分と時雨の区別がついていない。悪夢の延長戦であるこの現実を、どうにも処理しかねている。
無言のまま、とりあえず布団に座り直すと、汐音がぽんぽんとソファの方から彼の頭を撫で叩いてきた。
「寝よ寝よ、気にしない気にしない。寝たら忘れるって」
「……って」
あまりに無防備な笑顔をするので、さすがの彼も毒気が抜ける。
今更くるんとブランケットを羽織り、ソファの上で幸せそうに丸まった汐音に、余計なことを言わずにはおれなかった。
「起きてたなら……汐音は学校に行けよ……」
短いようで長い一時が、いつの間にか過ぎ去っていた。
そろそろ人間世界は本格的に始動する頃合いになる。
座り込んだものの、全身が落ち着かない彼は二度寝できそうにないので、汐音が寝てから仕事に出ることにする。
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