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夕日を背に、教会の入り口を不穏な目で眺めながら日没を待つ。
翼の悪魔――「翼槞」を名乗る悪魔は元々、数多の翼を生やす自身の体を、ただ維持するためだけに創られた意識の一人だ。
悪魔の意識の裏で眠る、その体の本来の主は殺生など望まない心を持っているが、だからこそ、その甘さを排した「悪魔」が必要なのだ。
そんな悪魔の背後から……あまりに唐突な邂逅が、すぐ間近を通っていった。
「……――」
それはとても、悪魔には想定外に過ぎた。
今日はただ、これから住もうとする町の下見に来ただけだ。
知り合いの頼みで滞在するだけの場所に、そんな運命の悪戯を、悪魔は欠片も求めてはいなかった。
「って……は……?」
後頭部を刺すように、僅かに一瞬触れた気配に、呆然と小さく振り返る。
視線の先には、特に何もない。何処にでもいる人間の女が、教会に歩いてきているだけだ。
ただ、高校生として不自然でない悪魔の背丈で、目線の高さが合わなかったものがあり……――
悪魔の脳裏を貫いた、その拙い気配の持ち主は、悪魔の斜め前で小さな両手を振り上げていた。
「かーさーん! はやく、はやくー!」
悪魔の横をすり抜けて、小さな背を精一杯に伸ばし、母らしき女に構わず教会の前まで駆けていく少年。
その気配はただ、有り得ないもの。
元気に己の存在をアピールする、幼い黒髪の少年を目の当たりにしても、悪魔はまだ、何がそんなに衝撃なのかわからなかった。
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