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 このままでは、猫缶のみならず、月末の家賃の支払いも危なくなってくる。  日中にやっと、初めての光熱水費を大家に手渡してきたばかりだ。冷水が平気なツバメは水のシャワーしか使わないが、汐音が温水を好むせいか、前情報よりも高くついた。今、ツバメの所持金はゼロに近い。  仕事を選んでいる場合ではない。しかし酷い時には、匂いだけで吐き気を催してしまうほど、ツバメは文字通り食べ物に弱い。  飲食店で、従業員が嘔吐している姿は、何となくだが良くない気がする。  今日は昼間の働きで疲れたこともあり、その心配が拭えなかったツバメは、しばらく悩んで立ち止まっていた。  そんなところに、不意に、数メートル先の八百屋の裏から出てきた人影があった。 「ツバメくんじゃなーい? あー、やっぱりぃ!」 「……あ」  少し前に、手伝いをさせてもらった時に一緒だった、正式なバイト店員の女性がそこにいる。  店が終わった後も、残って何かをしていたらしい。使い込まれた小さな鞄を肩に下げて、今からちょうど帰るところに見えた。 「今日も仕事探し? いつも大変だよねぇ。でもうちの店長、ツバメくんのこと、イイって言ってたわよーう!」 「はあ……まあ……」  ツバメは一応外国人という建前なので、必要な事以外あまり喋らない――喋れないということにしており、無難な相槌をいつも通りに打つ。  化粧が濃い目で、空元気のような明るさを感じる女性には、少し苦手意識があった。作り笑顔の価値がよくわからないからかもしれない。
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