16人が本棚に入れています
本棚に追加
/190ページ
悪魔に声をかけてきた、先日の教会の女性。動きやすい軽装にコートと、これから出かける風の女性が、そのまま困ったような顔で笑いかけてきた。
「ごめんなさい。貴方と話したいんだけど、友達の家に行かなきゃいけなくて……良かったら、一緒に来てもらえない?」
「……」
細い眼鏡が似合う顔は、切れ長の目が鋭く整っている。
それでも滲み出る人の好さと、紛れもない翼の悪魔をエンジェルと呼んだ不可解さで、悪魔は何も言えずにこくりと頷いてしまった。
「ありがとう。わたしは、音戯詩乃というの」
「…………」
ゆるりと纏められているので、横顔を隠す長い茶髪を、その女性――詩乃がさらりとかき上げる。
悪魔も名乗るか反射的に迷ったが、詩乃は特にそれを求めていないようだった。
「貴方とはきっと、もう一度会えると思ってた……エンジェル」
「――……」
薄暗い住宅街を、場所もわからず、詩乃についていく。夜でも明るい駅前と違い、道端の街灯と家の灯りしかない暗い道は、どうしてこう、物寂しいのだろう。
うっすらと北極星が見えているので、北向きに歩いていることだけはわかった。この世界での悪魔の地理感覚は、そのくらい大雑把だ。
黙り続けているのも何なので、そろそろ悪魔も、自身の疑問の追及を始める。
「オレは別に……天使じゃないけど?」
きょとんとした顔で、詩乃が立ち止まった。そうなの? と不思議そうに、悪魔を見つめてくる。
「でも貴方……じゃあ、その翼は?」
「――」
尋常ならぬ気配を持つ、人間の女性。その眼に映る「翼の悪魔」は確かに、天上の聖火を宿す翼でさえも、身の内に隠し持っていた。
最初のコメントを投稿しよう!