_4:

2/10

16人が本棚に入れています
本棚に追加
/190ページ
 悪魔に声をかけてきた、先日の教会の女性。動きやすい軽装にコートと、これから出かける風の女性が、そのまま困ったような顔で笑いかけてきた。 「ごめんなさい。貴方と話したいんだけど、友達の家に行かなきゃいけなくて……良かったら、一緒に来てもらえない?」 「……」  細い眼鏡が似合う顔は、切れ長の目が鋭く整っている。  それでも滲み出る人の好さと、紛れもない翼の悪魔をエンジェルと呼んだ不可解さで、悪魔は何も言えずにこくりと頷いてしまった。 「ありがとう。わたしは、音戯詩乃(おとぎしの)というの」 「…………」  ゆるりと纏められているので、横顔を隠す長い茶髪を、その女性――詩乃がさらりとかき上げる。  悪魔も名乗るか反射的に迷ったが、詩乃は特にそれを求めていないようだった。 「貴方とはきっと、もう一度会えると思ってた……エンジェル」 「――……」  薄暗い住宅街を、場所もわからず、詩乃についていく。夜でも明るい駅前と違い、道端の街灯と家の灯りしかない暗い道は、どうしてこう、物寂しいのだろう。  うっすらと北極星が見えているので、北向きに歩いていることだけはわかった。この世界での悪魔の地理感覚は、そのくらい大雑把だ。  黙り続けているのも何なので、そろそろ悪魔も、自身の疑問の追及を始める。 「オレは別に……天使じゃないけど?」  きょとんとした顔で、詩乃が立ち止まった。そうなの? と不思議そうに、悪魔を見つめてくる。 「でも貴方……じゃあ、その翼は?」 「――」  尋常ならぬ気配を持つ、人間の女性。その眼に映る「翼の悪魔」は確かに、天上の聖火を宿す翼でさえも、身の内に隠し持っていた。
/190ページ

最初のコメントを投稿しよう!

16人が本棚に入れています
本棚に追加