16人が本棚に入れています
本棚に追加
/190ページ
詩乃の目色は、日本人によくある濃褐色だが、かすかに金彩の眼光を放っている。その威光から察するに、おそらく何か、神がかりの「力」を伝える家系のはずだ。
あの医者よりは弱い、人間程度の神眼。それでも悪魔の翼は見切られるのか、と僅かに溜め息がこぼれた。
そんな悪魔を不思議そうに、もう一度歩き出した詩乃が横目に見てくる。
「それじゃ、やっぱり、貴方はもう天を捨てたエンジェルなのね」
「……」
「そんな気はしていたの。だって貴方……凄く、淋しそうなんだもの」
吸血鬼である悪魔だが、その身に持つ「力」の一部は、堕天使に近くはあった。
悪魔の脅威になり得る詩乃に、あまり警戒されないために、あえて否定はしないことにする。
聖域である教会を出て、今の詩乃は隙だらけだ。何の「力」を持つかは知らないが、排除するならこの上ない好機だろう。
しかしずっと、それを望む「翼槞」が出てこない。何かが結局、悪魔達をおし止めている。
とっくに人格が破綻したはずの、「翼槞」が躊躇う心当たりは、一つしか思いつかなかった。
「……あのさ。あんたの天使って……誰のこと?」
それはあの、たった一言。
初対面のあの時から、翼の悪魔の中で、錆びついた歯車が狂い始めたのだ。
――貴方、わたしの天使を知っているの?
あれから悪魔は、すぐに場から立ち去ったはずだ。
けれどその時の記憶も、黄昏の靄がかかったように曖昧だった。
最初のコメントを投稿しよう!