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悪魔の少し前の質問に、やっと答えるように、詩乃が小さな身の上話を始めた。
「わたしはね、自分の守護天使に見捨てられたの。本当ならもっと早く、わたしは死んでいたはずで……でも、貴方も感じてるみたいだけど、この『力』がわたしを地上に縛りつけたの」
詩乃はまるで、その時に死にたかったというかのように、自棄的な語り方をする。その話は悪魔の質問と関係している、そう直感して、悪魔は黙って話の続きを待つ。
「人は普通、死んだら天使の導きで、主の御許に召されるんでしょう? わたしには、それは許されなくて……でもあの、紅い瞳の天使が、わたしに大切な『死』をくれたのよ」
――紅い瞳の天使。
その一言だけで、悪魔の全身に、ぞわりと戦慄が走っていた。
とっくに瘢痕と化した、首の大きな傷が、ずきりと酷く痛んだ気がした。
この傷ができた時に、人ならぬ人造の吸血鬼を、禍々しいものとは知らずに助けてくれた誰か。
それこそが、知らずに魔性の紅い目をした、稀少過ぎる聖なる誰かで……――
「貴方の翼、彼女と似てるから……だから、貴方なら彼女のこと、知ってるかしらって。そう思ったのよ」
詩乃が悪魔に、声をかけてきた理由。そんな拙い運命の糸が、悪魔を現在、体の奥底から震わせていた。
流れゆく歳月の中で、気が付けばその紅の目色すら、思い出すことはなかった。
それでも確かに今、悪魔は、声が出ないほど胸が締め付けられた。
ここにいる悪魔が新参者の汐音でなければ、膝をついていたかもしれない。
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