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 あれからずっと、長い針で刺されるように、胸の奥底が鋭く痛み続けた。  柔らかな長椅子に横たわる胸を、ぐさりと何度も、無意味に貫かれる。そんな奇妙な感覚は、もう長い間忘れていた、あの時と同じ痛みだった。  詩乃という存在に呼び起こされた、翼の悪魔の最も深い弱み……。 ――あの、紅い瞳の天使が、わたしに大切な『死』をくれたのよ。  天使のような高次存在や、神がかりの「力」を持つ化生には、「死」のないものが多い。ただしそれは、不滅である「力」に満たされた間だけだ。  「力」はただ一人の適性者を選ぶ。悪魔の相方のように、横から他者の「力」を使うこともできるが、詩乃もそれに近いのだろう。今は詩乃自身の内に、詩乃を不滅にする「力」はない。娘がいると言っていたから、おそらく娘に、その不滅の「力」はもう渡されたのだ。 ――貴方の翼、彼女と似てるから。  神の「力」を受ける翼を纏い、永い時を往くはずの天使。  けれど翼の悪魔は、それが壊されるのを目の当たりにした。この胸の痛みは、その時初めて感じた何かに、思えばとても似通っていた。  人造の体である吸血鬼の、欠陥だらけのヒトの心。  仲間には色々と恵まれてきたが、誰の元にあっても、翼の悪魔にはそこへの執着が生まれなかった。  たった一人、死にかけた吸血鬼を人間と勘違いして、助けてくれた天使を除いて。  そもそも吸血鬼とは、純粋な生き物ではない。光を嫌うその存在は、半ば以上、既に「死」に侵されている。  いつ灰になってもおかしくない体で、無理やり生を受けた昔の悪魔に託された望みは、ただ生き残ることで――
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