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目的の場所に向かって、丘陵地から降りていく道すがら、先刻の医師の話に少し納得がいった。
「入れ物と中身……確かにここじゃ、入れ物の方が大事そうだね」
この土地が高級――価値が高い入れ物なのは、金持ちが中にいるからではない。この地域が上流とされているから、金持ちが住みにくるのだ。
当然、ここに住む者の全てが金持ちではない。しかしそんな中身は、傍からはどうでもいい事だろう。
「ヒヨコが先か、卵が先かって話だろ、結局」
生まれた場所や現在地で、ヒトの在り方は決まり、変わっていく。
無難を求め始めた悪魔は、きっと、人間界に何度も訪れ過ぎたのだろう。
「オレ一人なら、別に……どうにでもなる話だけど……」
これまでずっと悪魔は、吸血鬼らしく、闇に潜むように静かに生きてきた。持てる「力」も戦闘力も出来が良いので、いい運動になる荒事は好きだが、自ら起こそうと思ったことはない。
「力」が制限される人間界にあれば、尚更の話だ。悪魔単体の生活に限れば、生き残るためだけに生きてきたと言って差し支えない。
「一人なら、別に……やりたいことなんて、なかったのにね……」
根本的な仕事はこなしながら、ふらふらと人間界や故郷を行き来していた悪魔は、珍しい相方のたっての頼みで、当面の定住を人間界に決めた。
それならこの「汐音」は、人間界という入れ物の影響によって、増やされた中身かもしれなかった。
そのまま悪魔は、引き続き生き残るために、約束の地へと向かっていく。
その場所にいるだけで聖なる恩恵を受けられるはずの、神の館へと。
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