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 陽子自身は全く、宗教に拘ってはいないようだが、そんな返答をした心の落とし穴を悪魔は見逃さなかった。 「来年は弟の七回忌だし……私も当分、お寺さんと面倒なのはごめんかなぁ?」  きっと陽子も、この川辺にいなければ、そんな内心をこぼさなかっただろう。けれどまず、ここにいたこと自体、悪魔の存在が昨夜に陽子を揺さぶった結果なのだ。  だから悪魔は、至極あっさりと――  あっけらかんとした陽子に影を落とし続ける、その家の長い闇を、感じたままに口にしたのだった。 「そうだよね。自殺じゃないのに、大変だよね」 「……え?」 「弟さん。死んだ人のこと、残った人に説教されても、どうしろっていうんだろうね」 「……――」  するりと、悪魔が陽子の心に入り込む扉が開く。  陽子がこの川を見つめていたのは、来年七回忌という弟がそこで亡くなったからだ。それを何となく、悪魔は気が付いていた。  弟も昔は暮らしていたという一軒家での、二人だけの母子家庭。元々親が建てただろう家に同居していない両親が、何故出ていったのか。そこには何か、世間体の良くない出来事があったはずなのだ。  陽子のように、若いのに一人で子供を育てているような女性は、本来そんなに心は脆くない。  けれど今は、着実に、弱音という悪魔が忍び寄りつつあった。  それはおそらく、罪の無い息子の、些細な変化に起因するものだった。
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