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「詩乃サンにこれ以上、頼っちゃいけないって。そんなに子供さんのこと、心配かなぁ?」 「き……み……?」 「子供を神様に縋らせてしまうより、悪魔のささやきを望むのかな。おねーさんはわりと強い人なのに、今は何をそんなに、迷っているの?」 「……――」  悪魔が何か言葉を発する度に、どんどんと陽子の心が揺れ動いていく。これは元々、悪魔に出会わずとも、陽子が秘めていたはずの心の闇だ。  詩乃に何度も子供を預け、時には自宅に呼んでまで、子供の世話を頼んでしまう事。それに陽子が迷いを抱えているのを、陽子に出会ってすぐに悪魔は感じ取った。こうした直感の存在こそ、この体に宿る者が、悪魔たり得る理由なのかもしれない。  誰かの助けを借りなければ、母子二人の生活はなかなか成り立っていかない。  助けてもらう相手が、詩乃でいいのか。詩乃自身、今はそばにいないが、夫と娘がいる身の上だ。その淋しさにあまり甘えると、詩乃は陽子の子供から離れがたくなるだろう。詩乃の危うさも、子供の無理のない思慕も陽子は感じ取り、できれば違う形をとりたいと願っている。  人は脆くて、思いもかけない時に、あっさりと壊れてしまうもの。おそらく弟の死から陽子には、そうした怖れの心が無意識にあった。 「誰か父親になる人が、いてくれればって……好きでもない男を、子供のためだけにたぶらかそうなんてさ。そんな悪魔の発想、きっとおねーさんらしくないよ?」  悪魔の真下から伸びる暗影に、完全に掴まれた陽子は、石像になったように黙り込んでしまった。最近特に忙しいのは、現在懇意の客を落そうといった魂胆もあったらしい。  そのまま悪魔は、陽子の前に両膝をつく。  視線だけはずっとまっすぐ、悪魔に合わせている陽子の目には、じわりと大きな涙が溢れていた。 「……頑張り過ぎだよ。……母さん」  支えるように両肩を抱き、耳元でそっと静かにささやく。  陽子はそれに笑って頷くように、意識を失っていたのだった。
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