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「ごめん」などと、今までの主たる「翼槞」なら言わなかった。そう言いたそうに、相方がじっと悪魔を見ていた。
言われる前に話題を変えるために、悪魔も川に向かって座った。
「人間界はどう? 二日目だけど、ちょっとは慣れた?」
ぜんぜん……と、くまだらけの目付きの相方が即答する。
昨日の今日で、それはそうだと思いながら、悪魔はそうでなかった記憶が不意に浮かび上がってきた。
初めてこの人間の世界に来た時、人造の吸血鬼にあったのは、いつか出会えるかもしれないという望みだけだった。
故郷の世界では消えてしまった誰か。これだけ違う鏡合わせの場所なら、「違うけど同じ」相手がいてもおかしくない。
未だにその片鱗も見えず、忘れかけていた想い。それでも欠陥だらけの吸血鬼が人間界に来るのは、そのためだけだったのだから……。
奇しくも相方が、翼の悪魔の感慨を感じたように、捨てられた犬のような目で悪魔を見つめてきた。
「汐音は何で……こっちの世界に、よく来てるんだ?」
妹の高校生活を、悪魔に見守ってほしい。翼の悪魔が人間界に慣れているならと頼んだものの、苦労性の相方は早速後悔しているらしい。この世界で悪魔に何か、メリットがあるとは思えないようだった。
「そりゃ、オマエ。楽しいからに決まってるじゃん」
何も考えずに出た悪魔の答は、そんな程度だった。
相方は大きく首を傾げて、信じられないものを見るように悪魔を見つめる。
「楽しいって……こんな、ごちゃごちゃしてわけのわからない所が?」
悪魔や相方のいた故郷は、人間界に比べれば至って未開発で、素朴な殺伐さのある世界だ。
悪魔も本当は、その方が性に合っている。けれどあえて不敵に、相方に笑い返した。
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