16人が本棚に入れています
本棚に追加
/190ページ
……胸が、痛かった。
ヒトは、体が弱っただけで、心もこんなに弱るものかと。
――それなら、アイツを喰えばいい。
耳元で囁き、掴まれた肩から侵入する悪意。どうして今頃、こんな声に呑まれるのだろう。
数年ぶりに、制御の効かない、止めどない不安が溢れる。
暗闇で俯くツバメに、不意に、至って呑気な声がかかった。
「――何、遊んでんの? ツバメ」
はっと目を開ける。気が付けばそこには、不思議そうな汐音が、しゃがんでツバメを覗き込んでいた。
「いいなー。オレも混ぜてよ、ねぇ」
眼前は夕暮れで、先ほどの黒の欠片も、裏路地には全く残っていない。
ただ、汐音の影が、いつも通り他の影より暗いだけだった。
「そんなんじゃ、まるで、悪魔にでも誘われてたみたいだけど?」
笑う汐音に図星を突かれて、ツバメの背筋に悪寒が走る。
黒い手袋でにこにこと頬杖をつく汐音に、ツバメはため息をついた。
「……汐音は俺も、悪魔になったら狩る気なのか?」
このタイミングでは、そうとしか思えなかった。
今夜「仕事」があると言っていたのは、こんなツバメに対する警告なのかと。
悪魔は何からでも成る。汐音は常々そう言っており、人間から成った悪魔が一番美味しいらしい。
そもそも汐音自体が、吸血鬼から悪魔となった人格破綻者なのだ。
「失礼なー。オレの猟犬は、悪魔になっても猟犬だよ?」
最初のコメントを投稿しよう!