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 ……胸が、痛かった。  ヒトは、体が弱っただけで、心もこんなに弱るものかと。 ――それなら、アイツを喰えばいい。  耳元で囁き、掴まれた肩から侵入する悪意。どうして今頃、こんな声に呑まれるのだろう。  数年ぶりに、制御の効かない、止めどない不安が溢れる。  暗闇で俯くツバメに、不意に、至って呑気な声がかかった。 「――何、遊んでんの? ツバメ」  はっと目を開ける。気が付けばそこには、不思議そうな汐音が、しゃがんでツバメを覗き込んでいた。 「いいなー。オレも混ぜてよ、ねぇ」  眼前は夕暮れで、先ほどの黒の欠片も、裏路地には全く残っていない。  ただ、汐音の影が、いつも通り他の影より暗いだけだった。 「そんなんじゃ、まるで、悪魔にでも誘われてたみたいだけど?」  笑う汐音に図星を突かれて、ツバメの背筋に悪寒が走る。  黒い手袋でにこにこと頬杖をつく汐音に、ツバメはため息をついた。 「……汐音は俺も、悪魔になったら狩る気なのか?」  このタイミングでは、そうとしか思えなかった。  今夜「仕事」があると言っていたのは、こんなツバメに対する警告なのかと。  悪魔は何からでも成る。汐音は常々そう言っており、人間から成った悪魔が一番美味しいらしい。  そもそも汐音自体が、吸血鬼から悪魔となった人格破綻者なのだ。 「失礼なー。オレの猟犬は、悪魔になっても猟犬だよ?」
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