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不機嫌な汐音を連れて、裏道を通って八百屋に向かう。
日も暮れ始め、もうすぐ店が閉まる頃だが、それから片付けと掃除が始まる。だから、汐音に見せたい相手は、まだ店内にいると思っていたのだが――
「……ごめぇん。今日はちょっと、もう帰りたい、かな……」
店員用の裏口が見えてきたところで、ツバメは慌てて汐音と物陰に引っ込む。
裏口のすぐ傍、表通りに続く建物の間の道から、思わぬキカリさんの声が聞こえてきたのだ。
顔色が悪そうだったので、店主はキカリさんを早めに上がらせたのだろう。それを迎えに来たらしき誰かが、キカリさんを穏やかに諭しているようだった。
「大丈夫だよ、顔色も朝より良いし、せっかくこっちが早く終わったんだし。今日は挨拶だけだから、そんなに緊張することないよ」
僕もついていってあげるから、と声は優しげだが、ツバメは一瞬で胸が悪くなった。
せっかく帰れるようにした店主の厚意を、声の主は無駄にするどころか、その内心にはキカリさんへの異様な怒りしかない。ツバメの直観――五感にはそうして、相手の感情も我が事のように伝わってくる。
陰に隠れて姿が見えないが、その男の声と、内心のギャップは何なのだろう。そして現状で、怒るべきはキカリさんの方だろう。
うずまく怒りの理不尽さに顔を歪めているツバメに、先程までふてくされていた汐音が、一転してにやりと微笑んでいた。
「あー……あの人は確かに、美味しそうだねぇ」
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