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 こうして、「体を売る」……キカリさんを感じ、その思いに自らを明け渡せても、ツバメはキカリさんではない。キカリさんから声や想いを借りられても、キカリさんの力には何もなれない。  簡単な話なのに、以前はそれがわからないほど、ツバメは自他の境界が曖昧だった。  だからこそ得た、この「ツバメ」としての生……直観を因として己以外に憑りつき、己以外からも憑りつかれる、筋金入りの憑依体質がツバメの本質なのだ。  憑依の媒介となった、思い入れの鞄をもう一度地面に置くと、流れ出していた涙がやっと止まった。  感情の乏しい汐音と共にいた二年は、ツバメが自身の形を知る良い時間だった。そういった相手でなければ、ツバメはこうやってすぐ、誰かの心に呑まれてしまう。 「……」  彼氏の男は、ツバメを難しい顔で見ていたが……そこに在る感情は、キカリさんのことを思うような心ではない。それは汐音も、わかっているのだろう。 「ま、おまえには元々、期待してないよ。だっておまえは、ずっとそういう奴だから」  都合のいい女。男にとってキカリさんは、それだけでしかない。でもキカリさんは、辛い過去に優しくしてくれた相手を信じたく、そして役に立ちたかったのだ。  利用されているのだと、薄々わかり始めていても。 「聖書に曰く――やっちゃいけない、悪いと思っていることを、そう思いながらもするのは全て罪、らしくてさ?」  へ、と。  とても唐突に、汐音が話し始めたことに、ツバメは思わず目を見開いた。 「おまえみたく、悪いとは思いもしない奴が、罪ではないってわけでもないんだけどさ」
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