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コホン、と、鶫がドアの前にいるツバメの方にやってくる。
改めてツバメを見直すと、少し怒ったようないつもの顔で、ツバメの胸にそっと細い指を当てた。
「翼槞君に、呼ばれてきたの。燕雨が悪いものを食べたから、みてやってくれって」
「――へ?」
翼槞というのは、汐音の人間版、黒髪の学生姿の方の名前だ。本来はそちらがツバメも知っていた名前で、古い知り合いは汐音をそう呼ぶ。
「……約束したでしょ? アナタの体は、もう売らないって」
「…………」
あの悪魔狩り以来、ツバメはずっと、絶えない吐き気に悩まされていた。
昔はよくあることだったが、結局のところ、無茶な憑依の副作用であるらしい。
「……ごめん。今度から、気を付ける」
胸に当てられた小さな手から、心配する鶫の温かさが直に伝わってくる。
その温もりは、ツバメが先日浴びた泥を、少しずつ拭っていくかのような気がした。
周囲にあるものに、どんなものでも自身を重ね、共に感じ合ってしまうツバメ。
自身に合うものも、合わないものも関係ない。その無防備な直観による憑依体質を、鶫はいつも案じていた。
橘診療所に行けと、汐音がしつこく言ったのは、とにかく鶫に会わせるためだったらしい。
鶫の心配を、こうして間近で感じてしまうと、ツバメも自然に初心に戻る。
それと同時に、胸の吐き気も、少しずつ薄れていくようだった。
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