16人が本棚に入れています
本棚に追加
最近立て続けに悪い夢を見るので、そろそろ何か起こるとは思っていた。
いつも仕事をしている駅前に向かいながら、豪雨に叩かれる彼はうんざりした気分だった。
「何でまたいきなり……雨になるかな……」
雨雲のせいで空は暗いが、遠くの山の上は青々と晴れている。
外に出た瞬間からずっと、後ろに続く二人組がいる。楽しそうに話している声がいやに耳につく。
溜め息をつく彼の前方で、通り雨にめげずに歩きスマホをしている男がふっと目についた。ホスト風の服装は、彼らの歩くローカルな道にはあまり合っていない。男もずぶ濡れの彼をちらりと見て、顔をしかめたように見えた。
山沿いの安アパートから町に出るまでは、いくつも住宅街を抜けなければいけない。
通ってきた道で、珍しい谷空木を植える家を見かけた。「雨降花」なんて異名の木が生えているから、この近辺にはきっと雨が絶えないのだ。
ちょうど彼の目線の高さで、花冠の群れが一つだけ突き出ていたので、一房丸ごと折って手に取った。家主が見ていたら怒るだろうが、塀を越えて一般道を侵蝕する植木はあまりよろしくない。
谷空木の鮮やかな桃色の花はいつも、雨の時期に限って見られる。だから彼も、植物のことなんて全く詳しくないのに、名前を知っていた数少ない木だ。
何しろ彼は、雨の日にしか生きていない。
雨女という妖怪は実在するが、雨男はどうなのだろうか。
彼がいる限り雨が降り続ける世界は、彼を「雨の神」とする、どうでもいい下らない時空だった。
最初のコメントを投稿しよう!