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前方のホスト男はまだスマホを見ている。妙にニヤニヤと笑いながら、駅に行く彼の前方で、いつまでも不自然な姿で歩き続けている。一度顔を上げて彼を一瞬見たが、それ以外はずっと同じ体勢のままだ。
彼の妹はスマホを持たされたが、彼は電化製品が苦手だ。触ったこともないと言うと、大概の人間には驚かれる。
先刻からずっと握り締めている谷空木のように、生き物の匂いがする方が彼は好きだ。特に植物は雨を喜び、彼の存在する意味を強める。彼自身は、雨が嫌いであったとしても。
雨に濡れることは別に悪くない。通りゆく人の顔を見ずに俯いていられるし、小走りにしても不自然さがない。赤々と汚してしまった両手も洗われていく。
ずっとついてくる後方の二人も、話す内容は雨に消されて聞こえなくなってくれた。
ここまで濡れると、袖の短いTシャツと黒いジーンズがべたべたとまとわりつくが、それが気持ち悪くなるのは雨がやんだ時だ。降っている間はシャワーのようなもので、要するに気の持ちようの一つなのだ。
「やだな……これがやんだらまた、俺に戻るのか」
雨の神の彼がここにいるのは、雨が降っている間だけだ。
過ぎ去ってしまえば、残るのはただ、同居人を殺した自分という現実のみ。
彼はきっと、困り果てるだろう。それを思うと、段々と笑いがこらえられなくなってきていた。
「やっぱり……勿体なかった、かな……」
もう歩き出してしまったので、思い返しても仕方がない。
雨はますます強く彼を打ち始め、空の色も黒ずんでいく。
闇の中を気ままに進むことは、彼にはもう慣れっこで、道なんてとっくに探すのはやめている――
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