_序

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 後方にいたはずの二人の気配が、不意に消えた。  前方のホスト男がスマホをポケットにしまった。ずっと片手でさしていた傘を閉じる。同時に立ち止まり、くるくると傘をたたみ、駅の隣のコンビニに、傘を持ったまま入っていく。  男が彼の前にいる風景は終わった。駅にまっすぐ入る彼がすれ違った時に、男の持つ傘がふっと見えた。  真新しい安物傘は綺麗にたたまれ、全く濡れておらず、値札がついた状態だった。  それを男は、コンビニのレジに持っていき、レジでお金を受け取ってから傘をコンビニに返す……。  旅は道連れ、名残を惜しむようにホスト男の姿を追っていたら、駅の入り口から妙に明るい声が突然にかかった。 「――あ! どこ行ってたのさ、ツバメ!」  小さな改札と、駅前商店街に分岐するその場所で、商店街の出口側に声の主はうきうきと立っていた。  濡れた傘を一つ腕にかけ、もう一つ大切そうに濡れていない傘を抱える、学生服の青年……彼が家を出るまでは、床を赤く汚していたはずの同居人が。 「夜勤お疲れ! 今日は大サービスで、迎えに来てあげた汐音ちゃんだよ!」  ……つまらないな、と。  破顔しながら駆け寄る同居人の姿に、彼は一度だけ、細く息をついたのだった。 *
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