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山科燕雨はその時、控え目に言って、強く戸惑っていた。
内心の動揺は、直感の鋭い同居人にはいつもすぐに悟られる。下手に見目を取り繕うより、ツバメらしくあるのが正解だろうと彼には思われた。
駅前商店街の端で、渋々傘を受け取りながら、彼は不服さを満面に浮かべた。
「何で……汐音が、ここに?」
「だってさ、雨降ってるじゃん。オマエいつも濡れ鼠で帰ってくるけど、あれ掃除するの大変なんだぞ」
「でも、こんな時間に……大体こんなの、通り雨だろ」
「だーめ! オレだって夜型なんだから、この時間は動きやすいし」
でも、と同居人――汐音は、自分の傘を差して肩にかけながら、てへへと罪のない笑顔を見せた。
「確かにそろそろ、眠くなってきちゃった。ごめん、これ、今日も高校休みたい感じ」
「……言うと思った。最近汐音、さぼりすぎだろ」
「あははー。猫羽ちゃんもいつも寝てるけどさ、高校の授業ってオレにはひたすら暗号朗読だよ。解読される日は永遠に来ないこの気持ち、わかんないかなぁ」
雨天で肌寒い未明でも、朝っぱらから陽気な汐音に、ツバメはつくづく、苦笑いを浮かべていた。
「それにしても、ツバメ……その花、何?」
働いていたはずの商店街の中からではなく、外から現れた彼。その手に握られた谷空木の一房に、汐音が鋭い蒼の目を丸くする。
「今日、花屋の店卸しだったっけ?」
「違うよ。ただ単に――キレイだったから」
曖昧に笑う彼に、何処で咲いてたの? と、しきりに首を傾げる汐音だった。
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