初恋はマフィンの香り

2/11
前へ
/11ページ
次へ
「あと一個、どうしよう」 綺麗にラッピングされているのにも関わらず、ひとつ、ぽつんとわたしの手のひらに居座るバナナマフィン。 家で作った10個のマフィンも、これとほとんど同じ姿形をしていた。 うち5個は学校に持ってきて、ひとつずつ5人に配る――はずだった。 生憎、5人のうちひとりが欠席していた。 それじゃあ渡すに渡せないし、明日渡せばいいや、とカレンダーを見ると、今日は金曜日だったことを思い出す。 手作りのお菓子は日持ちしない。 「何それ、うまそう」 思考に浸っていたので、突然降ってきた低い男声に驚きマフィンを落としそうになる。 振り向くと、教室には西日が差し込み、わたしの座る椅子も机も赤く染められていた。 クラスメートは消え、声の主である、隣の席の塚本圭(ツカモトケイ)の顔がダイレクトに視界に飛び込む。 「うわあ!」 「なんだよ、人の顔見て驚くなよ。失礼な奴め」 「え、あっ、えと、ごめんっ」 塚本くんは、素直に謝るわたしに向かって、ニヤリと笑った。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加