初恋はマフィンの香り

4/11
前へ
/11ページ
次へ
「ん、はいこれ」 と言ってマフィンを渡すと、塚本くんは 「さんきゅ」 と言って、ニコニコしながら受けとる。 「何これ、うま」 ……と思ったら光の速さで開封し、一口ぱくり。バナナの優しくて甘いにおいが、ふわんと辺りを包んだ。 「すごく美味い。小野里ってお菓子作り得意なんだな」 「……そんな、言うほどでも」 「あるよ。これ、今まで食べたなかで一番美味いもん」 何故かどや顔の塚本くん。 実際、お菓子作りは、勉強も運動も中の下で、歌唱力も画力も秀でたものがないわたしの唯一の特技だった。 「あ」 「え?」 ふいに声を出した塚本くん。残念そうに視線を手元に落としており、その先には空になったラッピング用の袋。 「もうちょっと食べたかったけど無くなっちゃったな……。 小野里、マフィンありがと。本当に、本っ当に美味かった。ご馳走さま」 そう言って、塚本くんは屈託なく笑った。 「お粗末さまでした」 「……あ、俺部活抜け出して来たんだった。戻らないと。じゃあな、小野里」 間もなくしてバタンという戸を閉める音が教室に響く。 さっきの笑顔に。「美味かった」という台詞に。低い声に。 きゅん、と胸が高鳴る。 まるで作りかけの生クリームみたいに原型を留めない甘い感情が、わたしを支配していた。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加