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「ん、はいこれ」
と言ってマフィンを渡すと、塚本くんは
「さんきゅ」
と言って、ニコニコしながら受けとる。
「何これ、うま」
……と思ったら光の速さで開封し、一口ぱくり。バナナの優しくて甘いにおいが、ふわんと辺りを包んだ。
「すごく美味い。小野里ってお菓子作り得意なんだな」
「……そんな、言うほどでも」
「あるよ。これ、今まで食べたなかで一番美味いもん」
何故かどや顔の塚本くん。
実際、お菓子作りは、勉強も運動も中の下で、歌唱力も画力も秀でたものがないわたしの唯一の特技だった。
「あ」
「え?」
ふいに声を出した塚本くん。残念そうに視線を手元に落としており、その先には空になったラッピング用の袋。
「もうちょっと食べたかったけど無くなっちゃったな……。
小野里、マフィンありがと。本当に、本っ当に美味かった。ご馳走さま」
そう言って、塚本くんは屈託なく笑った。
「お粗末さまでした」
「……あ、俺部活抜け出して来たんだった。戻らないと。じゃあな、小野里」
間もなくしてバタンという戸を閉める音が教室に響く。
さっきの笑顔に。「美味かった」という台詞に。低い声に。
きゅん、と胸が高鳴る。
まるで作りかけの生クリームみたいに原型を留めない甘い感情が、わたしを支配していた。
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