こじらせ八雲《やくも》

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(──う、わぁっ!?)  横断歩道のド真ん中。  まさかの信号無視で目の前を横切った軽トラックに、八雲(やくも)は驚いて尻もちをついてしまった。  他の歩行者たちも肝を冷やしたような顔でその場に固まっている。 (あー、びっくりした! なんだよもう、大学受験の朝に交通事故とかマンガみたいな展開、勘弁してよ……)  周囲を見れば、どうやら転んでしまったのは一人だけ。気恥ずかしくなった彼は眼鏡をかけ直し、そそくさと横断歩道からエスケープした。  こんな事に関わっている暇はない。  試験の時間までギリギリというわけではないが、なるべく早めに会場入りして余裕をもって臨みたいところだ。 (ずっと地味にホップステップしてきたんだ、絶っっ対ジャンプできる! 東京都民大学に合格して僕は……大学デビューするんだ!)  そう、彼は地味で目立たない人生を送っていた。  小学校の頃から見た目も能力も全て平均値。加えて社交的な性格でもないので、無理からぬところではある。  集団の絵があったとしたら、後ろの方で小さーく、棒人間に描かれるタイプの一人だ。  だがしかし! 彼はこの受験を機に、そんな自分からの脱却を企てている。 (都民大学を下見に来た時、諸先輩方は僕以下のブサメンでもみんな彼女連れだった……! おそらくあの大学には魔物が住んでいる。フ……フフフ……絶対合格しなくては!)  橘 八雲。  彼は彼女を得るためには魔物の手を借りる事も辞さない、ちょっと(こじ)らせた地味メンだった。
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