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(やっぱり朝ワックはやめて試験会場に向かおう。なんだかフワフワ落ち着かないし)
文字通りふわふわと目当てのバス停に向かって一歩踏み出した時。
「あぃや、待たれぃ!」
背後で聞こえた変なセリフはまだ幼いような女の子の声。とは言え、まさか自分が呼ばれたとは露ほども思わない。
「ああっ!? あたしを無視するなんて!」
「そんな変な呼び方するからですよ。今度は時代劇にでもハマってるんですか?」
「じゃああんたならなんて声かける?」
「オイラなら? うーん、男が一発で振り向くとしたら……」
雑踏の中なのに、その女の子と男の声だけがやけにクリアに聞こえる。
「……おーい、まぐまぐしたくないか? 橘 八雲くん」
(え?)
振り返った先にはヒョロッと背の高い、くたびれたスーツ姿の男。片腕には、黒いエプロンドレスを着たおかっぱ頭の幼女を抱いている。
「え、えと……僕、ですか?」
人生を賭けた受験日の朝、彼はそいつらに出会ってしまった。
それはもうお気の毒なコト、この上ない──。
「ほーら、やっぱり反応した。ではヤミ―、手短にお話を」
「まぐまぐで反応するのはあんただけよ九兵衛。……ねえ、どこに行くつもり? 橘 八雲」
幼女の黒目がちな瞳に見据えられて、ふわっと一瞬めまいのような感覚に襲われる。
「え……いや、これから受験をしに東京都民大学へ。でもなんで僕の名前……」
「ふん、やっぱり気がついてない。ほらあそこ、見て」
「な、なにが? あそこって」
言われるまま、八雲は幼女が指さす方向へ顔を巡らせた。そこはさっき通って来た横断歩道で……
「……!?」
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