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ランスは妻サマンサ、長男ジーン、次男アーロンと4人家族。都心から離れた場所に住居を構え、車で通勤するごく普通のビジネスマンだった。仕事はイベントの企画。収入は満足のいくもので、贅沢とはいかないまでも生活にも将来にも不安の無い生活を送っていた。
サマンサとは熱愛結婚。可愛い妻の待つ我が家へと、つき合いが悪いとからかわれながら帰る日を過ごし、そして2人の可愛い息子を授かった。
順風満帆。平凡で幸せな毎日。4人で囲む食卓は賑やかで、休日のささやかな外出は仕事への原動力にもなっていた。
そして、ジーンの5歳の誕生日を迎えようとしていたある日。
「ハイ、サマンサ! 今日は俺の企画が通ってさ、来週からは少し忙しくなりそうだ」
玄関から入りながら妻に声をかけた。帰宅してサマンサがいないことなどほとんど無い。だが今日は返事が無かった。
「サマンサ? いないのかい?」
リビングでソレを見た時、ランスは固まった。
(これは…… 現実か? そんなわけない)
そこで思考が止まった。目の前でサマンサに覆いかぶさっている見たことも無いモノ。顔を上げた時、そいつの顔は真っ赤で、ただ真っ赤で。それがサマンサの血だと分かったのは後からのことだ。
サマンサだった者は目を開いたまま、その毛むくじゃらの腕に掴み上げられていた。腹から飛び出している内臓はソレの口へと繋がっていて、ソレはランスと目が合っても咀嚼していた。
「サマ、ン……」
声を聞いてソレはゴミのようにサマンサを放り出して隅で震えながらアーロンを抱きかかえたジーンを振り返った。
父としての感情が一気に爆発した。椅子を投げつける、花瓶を、写真立てを、手の届くあらん限りの物を投げつけ、最後には飛びかかろうとした。
ソレはちらっとランスを見て窓から飛び出して行った。後に残ったのは震えて声も出ないジーンとその腕の中で笑顔を向けるアーロンだった。ランスは二人を抱きしめて声も出ず、ただ茫然と座り込んでいた。
喋らないジーン。喋らない自分。警察の調べは野犬が家に入り込んだ、その結論を出して終わった。真実かどうかはともかく、それ以上の見解を出すことが出来なかったのだ。
サマンサの身内、自分の身内。近所、会社、いろんな人が来て慰めの言葉をかけ、ランスの体を抱きしめてはお悔やみを言った。それはランスの耳を素通りしていく。
「しっかり休暇を取るんだ。会社は君が落ち着くのを待っているからね」
上司の言葉にも反応せず、頭の中はあの光景をエンドレスに繰り返す。
何週間も立ち、身内が家にいる間ランスは姿を消した。そして次にランスの両親が尋ねて来た時には空き家となっていた。
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