第一部 クライムカウンシル -犯罪評議会-

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 夜と酒を愛する者なら、みんな知ってる。この世にあるすべてのバーは二つにわけられる。  いいバー、悪いバー、それがすべて。  俺が上機嫌でまだ明るい時間の「ノーザン・クラブ」のドアを開けると、すでに先生は、カウンターの一番はしっこにちんまりと腰かけていた。  そこは、お目当てのバーテンダーを最もよく眺めることができ、かつ、彼の視界に入りにくい特等席だった。  俺がステップを踏むようにして先生の隣にたどりつくと、セスは、すぐに気づきカウンターの中から微笑んだ。先生はほんのわずかだが身を固くする。 「今日は何を、ニック」  セスはもう俺の顔と名前を憶えている。燃えるような美しい赤毛、くすみのない白い肌。瞳は淡いブルーグレイ。白いシャツを、肘までまくりあげてラフに着ているその姿は、バーテンというより、まるでお忍び中の王子さまだ。 「極上のマティーニがあるって噂だけど?」  俺がコートを脱ぎながら片目を閉じてみせると、セスは秘密を打ち明けるみたいに言った。 「天国行きのマティーニのことを言っているなら、バスタブ一杯分くらいは」 「じゃあ俺のためにほんの少し、そのバスタブから汲み上げてきてもらえると嬉しい」 「喜んで」  そして先生の方を向く。 「先生は?」 「同じものを」  先生はグラスに手を添え、ジンジャエールのお代わりを頼んだ。セスとは決して目を合わせようとしない。それが先生の限界。  セスが後ろを向いてはじめて、ためらいがちにその背中を追う。そんな先生に俺はきゅんとする。  恋はいくつになっても、どんな種類のものでも、見る者の心をせつなくさせる。 「……ニック、いい加減そのくそだらしのない『にやにや』を仕舞ったらどうだ」  おいおい、なんて言い草だ。俺の感傷などおかまいなしか。 「そりゃないぜ、先生! イカしたシャツだって褒めようとした矢先だぜ?」  今日の先生は随分めかしこんでいる。先生のような内気な初老のゲイにとって、ノーザン・クラブは敷居の高い場所に違いない。恋のパワーは偉大だ。 「さあ言ってみろ、何があった。普段からお前の甘ったるいにやけ顔にはうんざりだが、今日はまるではちみつをぶっかけられた上に、天井から砂糖壺が落っこちてきたみたいな甘さじゃないか」
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