第一部 クライムカウンシル -犯罪評議会-

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 脳裡をあの腕のストロークがよぎる。また殴られるのか。すると突然セスが笑いだした。  クラウドが動きをとめた。サンディ以外の全員がセスを見た。セスは「失礼」と言って、咳払いをした。それからチャーミングな笑顔を皆に向け、こう言った。 「ニックは誰かさん以外には勃起不全だ。ビジネスでセックスなんか、できるわけがない」  クラウド、マダムL、先生、レイン。  サンディ以外の、その場にいる全員がきっかり三秒セスの言っている意味を考えた。  それから視線をセスから俺の顔に、ほぼ同時にうつした。  俺の血液が逆流する。  すべてを理解した先生は青ざめ、クラウドは怒りで真っ赤になり、マダムLは唇をゆがめて俺を蔑んだ。サンディだけが、コークの氷を噛んでいて、そのばりばりと噛み砕く音のほかは、絶望的に静かだった。  そして皆が一様に口を開きかけたその瞬間だった。レインが誰よりも先に俺の胸ぐらをつかんだ。 「このくそ野郎!! 赤毛のアバズレと寝やがったな!!」 「ちがう、レイン、誓って寝てない!! 俺の話を最後まで、最後まで聞いてくれ……!!」  言い訳する俺の頬に拳がめりこむ。その腕のストロークは兄にひけをとらない。続いて固いブーツの靴底がみぞおちに入る。レインはそのままノーザン・クラブを飛び出した。激しく雨が降る中、その背中はどんどん小さくなっていく。  俺は必死でその後を追う。 「レイン! 待ってくれ、愛してるんだ!! きみは俺の運命の恋なんだ!!」  陳腐な求愛の言葉を叫びながら死にもの狂いで、その背中を追いかける。  俺が名うてのハスラー? 聞いてあきれる。  そんなの大昔の話だ。俺はただの恋する男。ブラックロビンに夢中なドンキーボーイ。恋はいくつになっても、どんな種類のものでも、こんなにも人を愚かにする。なりふりなんかかまっちゃいられない。  ずぶ濡れになりながら走る。背後で皆が何かを叫んでいるが、俺はレインの華奢な背中しか目に入っておらず、ただ雨と名付けられた愛しい者の名を連呼し、ひた走る。 第一部 クライム・カウンシル ―犯罪評議会― <了>
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