第二部 ハーレムノクターン

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 俺がグラスを棚に戻していると、店の扉が開いた。懐かしい渋面に俺は破顔した。 「開店前だ」 「そうかい、では出直そう」 「まあ待てよ、せっかちだな。世界のバーが批准しているバー国際法の第七条に『伊達男を大事にすべし』ってはっきり掲げられている」 「法律を破ったら?」 「失敗したカクテルの海に沈められる」  俺はカウンターを出ると、初老の小男と強く抱き合った。 「よく来てくれたね先生」 「しかし、ふん、お前さんが店を持つとはな。それでどうなんだ、調子は」 「おかげさまで、食っていける程度には」  先生の帽子とコートを受け取りながら俺は言った。 「そっちこそどうだい」 「悠々自適といったところさ」  俺らは三年分の出来事を簡単に報告しあった。  先生は評議会の連絡係を勤めあげ、今は小さな私塾を営んでいる。一方俺はこの海辺の街で店を始めた。コーヒーと、アルコールとちょっとした食い物を出す店だ。十人も入らないカウンターと、二人掛けのテーブル二つ。細々という言葉がお似合いな暮らし。  そうさ俺が一番びっくりしている。望んだものがぜんぶ今手の中にある。  嘘と暴力、金とパワーゲーム、ギャングと評議会。まるで冒険小説のようだった日々が、今では遠い夢のようだ。 「ハイ、ニック」  まだオープンしていないにもかかわらず、近所の奥さんが顔を出した。俺と2分ほどしゃべり、コーヒーをテイクアウトした。去り際のウインクに、俺の口元はゆるむ。 「いい感じの年増じゃねえか」 「ああ、まったく」 「お前」
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