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やけに軽い調子に聞こえたのは気のせいだろうか。近づきすぎたせいか、彼の目は眞昼の視線から逃げるようにあさっての方向を向いた。
「顔だけじゃなくてなんていうか、空気ってゆーか」
「それより保高くん」
「――はい?」
名前を呼ばれてちょっと嬉しくなってしまった。
「俺の名前……思い出したのか」
玄関ドアの横には、表札は出していない。母が出た後、なんとなく外してしまったのだ。
「この前名札で見たし、店長さんに確認したので、それで」
「なんだ、そっか」
「これから一緒に行ってほしい場所があるので、支度してください」
「え、これから? ……俺とあんたで? 行くってどこに」
彼は無表情のまま答えた。
「おいおい説明しますが、最初に訪問するのはお母様のお住まいです」
――ん? こいつ今「お母様」って言った?
「お母様って、誰のお母様だよ」
「あなたの……保高君のお母様です」
「は? なんだって、俺の母ちゃん? なんでおまえが俺の母ちゃんちを知ってんだよ。そもそもなんで、おまえに連れられて行かなきゃなんないんだ」
頭に血が上って「あんた」が「おまえ」になってしまったが、構うものか。
「それは……」
今にも顔と顔がくっつきそうな距離なのだ。目の前の彼が眞昼の反応にイラついているのがよくわかる。そして、その感情を押し殺しているのもよくわかった。
実際のところ、彼の正体が中学の同級生なのかどうかも答えてもらえていないし、眞昼の頭の中はクエスチョンマークだらけだった。
そもそも、彼が元同級生だというのも眞昼が勝手にそう思っているだけで、本人はイエスともノーとも答えていない。
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