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「今はまだ……だめだ」
「は?」
再び沈黙だ。
ダメだ。――埒が明かない。
眞昼は大きいため息を吐いた。
「……わかったよ、十分で仕度するから待ってくれ」
急に素直になった眞昼を奇妙に感じたのか、視界の端に素でポカンとした彼の顔が見えた。
眞昼は七分で身支度を終え、玄関で待つ彼の前に行った。
スーツ姿の彼に対抗したくても、生憎眞昼は、冠婚葬祭に対応できる黒スーツしか持っていない。
その他はジーンズのみ。だから、比較的新しいジーンズに白のパーカーに決めた。
――それに「母に会いに行く」のが本当なら、これで充分だろうし
彼はちらりと腕時計に視線を流し、「じゃ、行こうか」と眞昼を誘導した。玄関の鍵を閉め、彼の後ろにつづいた。この団地まで乗ってきた車は、団地内の来客用駐車場ではなく、外の有料駐車場に停めたらしい。
「おっ、すっげーいい車……プリウスじゃん、新車っぽいし。これ、おまえの車?」
ガラガラの駐車場に、白い車体がキラキラと太陽の光に反射していた。彼が後部座席のドアを開けたので顔を半分突っ込むと、車内はまだ新しい皮の匂いがした。
「や、違う。今日は特別に社用車を借りてきたんだ。社長の指示で」
すっかり敬語が取れた口調になった彼に対して、その方が好ましく感じた。眞昼はドアを閉めると、助手席のドアを開けて勝手に乗り込んだ。
彼は何か言いたげに眞昼を見ていたが、「出発しないのか?」と声をかけると、黙って運転席に乗り込んだ。
「で――社長の指示って何?」
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