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5 寝耳に水
「どうせこれから必要になるから、数着持っていたほうがいい。まとめて買いに行くぞ」
「えっ、スーツを数着?」
成人式のスーツは靴も含め一式三万近くしたはずだ。それでも一番安いのを探した。
素人目にも高級品だとわかる晃夜のスーツと同じものではないにしろ、並んでも見劣りしないレベルのスーツを数着買うなんて、眞昼には無理だ。青くなる眞昼に、晃夜が涼しい顔で言った。
「安心しろよ。社長からのプレゼントだから、おまえの懐は痛まない」
言いながら、晃夜はゆるやかにハンドルを操った。
「えっ、プレゼントって……いいのかよ、そんなの」
「仕事を辞めさせて、おまえを強引にこっちに引き入れたんだから、そのくらい堂々と受け取ればいい」
「――うん」
母の言葉に情けは感じなかったけれど、少なくとも晃夜は眞昼の気持ちをわかってくれているような、そんな気がした。だから、ハグされて安心できたんだろうか。
眞昼は、そっとハンドルを握る男の横顔を盗み見た。額からすっと伸びた鼻筋が整っていて、「かっこいい」とも「綺麗」とも形容できる。
「なあ、全然関係ないこと訊いてもいい?」
「何」
「柊崎の彼女って……綺麗系? 可愛い系? それとも、小悪魔系?」
自分で質問したくせに、驚いていた。眞昼はおしゃべりなタイプではない。職場の同僚とは普通に会話するけれど、少なくとも、自分から話を膨らませるような事はしなかった。
なのに、晃夜と一緒にいるとリラックスして勝手に口が動いてしまうような、不思議な感覚だった。
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