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「彼女がいれば、ですけどね」
母より一回り以上年上の店長の手は、体格に似合わず小さめで、甲には薄いシミが散っている。眞昼は、その手をぼんやり眺めた。
「それに、都営団地だから半年以内に退去しなきゃならないんで、喜べるところいっこもないんです」
眞昼は、男子のわりに「長い」とよく言われる睫毛を伏せ、溜め息をついた。店長は、思い出したように手を叩く。
「そっか! 都営団地って、住人が減ると退去迫られるんだっけ! アタシの知り合いも以前ぼやいてたわ」
「そうなんですよ。これから急いで部屋探さなくちゃ……ああ、マジで最悪」
寡婦申請で申し込んだ部屋に、その子供が残って住むのは許されない。たとえば、眞昼が結婚する予定で新たに申し込むのは可能だが、単身者の入居受付は六十歳以上が対象だ。
店長は、丸顔と対極の細い目をさらに薄くして、労わるような視線で眞昼を見つめた。
「保高くん、あの団地で、お母さんと何年暮らしてきたの?」
「えっと、俺が四歳の時からだから、十七年です」
自分でそう答えておいて、そんなにも月日が流れていたのかと驚いた。
「そう……思い出がたくさん詰まった住まいとの別れは淋しいわね。がんばって保高くん、あたし応援してるから」
「はは……がんばります」
頑張ると言葉にしたものの、やる気が出る予感はなかった。
そもそも、普通は逆だと思う。「彼女と同棲するから出ていく息子」がよくあるパターンではないのか。しかし眞昼の場合は「彼氏と同棲する母に出て行かれる息子」だ。
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