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半分以上残っていたグラスの中身はぶちまけずに済んだが、代わりに箸や枝豆が散乱している。川村があわてて立ち上がるのが視界の端に映った。店員も飛んできて、おしぼりを数本渡してくれた。
数分前から、自分がトボトボ暗い路地を歩いているのをぼんやり自覚していたが、自宅マンションが視界に入り、眞昼は驚いて立ち止まった。周囲をキョロキョロ見回す。
「あ……れ? なんで、俺」
ついさっきまで会社近くの居酒屋で、川村と飲んでいたはずだ。
店を出たのも覚えていないし、そこからどうやってここまで来たのかも覚えていない。バスに乗ったのか、徒歩で来たのか、一切記憶になかった。
「会計は、どうしたんだっけ」
中ジョッキ一杯とサワー少々で酔いが回ったのだろうか。それ以上飲んだのか、その記憶もおぼろげだ。川村に迷惑をかけたのは確かだろうから、明日朝一番で謝罪しなければ。
「わっ!」
ぼんやりしすぎて、ポケットの携帯の振動にビビッた。
のろのろ取り出すと、晃夜からの着信だった。「いてっ」タッチした途端手首に激痛が走り、落としてしまう。あわてて拾った。
『保高? おい、どうした?』
晃夜の驚いた様子の声が聞こえて、ホッとするのと同時に、耳元が温かくなった。
「あ、ごめん、左手首痛めたみたいでさ、携帯落としちゃって。頑丈なケースでよかった……」
『痛めたって……大丈夫なのか?』
晃夜の声が、ひどく優しく聞こえて、手首と同じくらい胸が痛くなった。
「仕事上がりに川村主任と飲んでさ。酔っぱらったらしくて、椅子ごとひっくり返った。はは……。間抜けだよなー、俺」
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