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アリエンス
ほしくて、ほしくて、
控えめに乞い願うと、恋人は面倒くさそうに、いいよ、と言った。
◆ ◆ ◆
ラァイの薄い耳たぶに、剃刀のさきを当てる。
かたちの良い後頭部。まるく纏わりうなじを刺すような亜麻色の短髪。
顎のとがり。いかにも嘘のうまそうな淡い唇。高い鼻梁。
一片の緩みなく、潔癖症の少年のようにきれいなラインを描く横顔。
伏せた長い睫毛は、震えもせず。
「さあ、ひと思いに」
涼しい声が、わたしの指さきに、熱を持たせる。
ほんの少し、力を入れたら。うつくしく完璧な十八歳のラァイに、疵がつく。
ついてしまう。つけるの。わたしの指が。
その瞬間のことを思い描くと、ぞくぞくと、震えそうになる。
耳たぶをつかみ。やいばを肉に。
そして、しずめる。
血液採取用の容器の蓋を閉め、彼女の耳にばんそうこうを貼ると、今度はわたしの番だった。
ラァイは剃刀を手に取ると、すみれの花弁を擽りでもするような指で、しばらく氷に当てておいたわたしの耳殻をなぞる。
「さきに謝っとこ。うまくいかなかったらごめんね。テル」
「うまく?」
「疵、うまくつけられなかったら。不器用なんだ」
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