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五月六日
入梅明音が入学する前から、この七ヶ山町にある唯一の中高一貫の学校、青領中等学校には一つだけ空いた机があった。学年が上がるのと一緒に、その机もついてくる。生徒にとっては、自分と同い年の机。
高等部二年目で転入してきた明音も、その年に一度だけ同じクラスになった。高校に入学して一年在籍し、そのあと転校して二年目をべつの高校でむかえるというのは、めったにあることではない。明音は「一身上の都合で」と最初の挨拶をしたけれど、後になってその言葉は退職するときの決まり文句で、使い方を間違えていたと気が付いてひとりはずかしくなった。本当は「家庭の事情で」が正解だったのだけれど、そう言うと離婚とか、いじめとかに思われるのが嫌だった。そのときの明音は「一身上の都合で」が一番かっこいいと思っていたのだから、仕方がない。
二年生での転校を明音が承諾したのも、仕方がないことだった。それはもちろん家庭の事情なのだけれど、ほかにもいくつか。
まず、入梅明音には友達がいない。小学校からの知り合いがほとんど一緒に進学する中学校まではよかった。明音はひとりぼっちではなかったし、どちらかといえば顔も広い方で、クラスの全員と仲がよかった。ところが高校では、明音以外の中学校の同級生は受験に落ちて、その日だけ喜びとはなにか、について大人ぶって考えた。不安を抱えながらもなんとかなるだろうと始まった高校は見事に明音と逆の生き方をしてきた人間しかいなかったのだ。教師に隠れて化粧をしたり、イベントごとに盛り上がったり、体育の後にエイトフォーを教室中にふりまくような人たちだ。自分が今まで生きてきたところは、ずいぶん日陰だったのだと明音はそのとき気が付いた。
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