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「ねえ、九夏さん」
ホームルームが終わって大きい尻を揺らしながら担任が出ていくと、富士田雪がパーマのかかった髪を指でくるくるしながら寄ってくる。いつもつるんでいる女子三人も一緒だ。この四人組は、三角形を作ると一番上の層になる人たちであることは明音もよく分かっている。リーダーシップがあるという純粋な理由からではなく、派手さで周りをけん制する支配の仕方をする、いわゆるスクールカースト最上位のグループだ。これを食物連鎖に変えるとすれば頂点なので、かなりつよいということだ。
彼女たちが近づいてくると、香水かシャンプーか分からない、女っぽい香りが明音の花に届く。九夏かすみもだけれど、こっちもかなり苦手なタイプだった。新学期が始まって初日に全員の連絡先を聞いて回っていたり、そこから選別してグループを形成していたりするところが、前の学校の人間たちを連想させ、絶対に相いれないタイプだ。
「九夏さんって、あの九夏らしいけど、うちそういうのに従うつもりないから。ていうか神隠しって何。マジで信じてもらえると思った訳?」
てっきり明音は、自分たちのグループに招き入れるお誘いかと思ったのだが、そうではないどころか逆だった。『あの九夏』が分からないだけに、むずがゆい。誰かに聞ければいいものの、明音にはそういうことを気軽に話しかけられる友達もいないし、もしかすると簡単に口にしてはいけないワードだったらと思うと何もできなかった。明音は隣の席で熱心に文庫本を読んでいるふりをひたすら続けている。これが自分に飛び火したら、とんでもないことになる。明音はいつもよりもっと、できるだけ存在感を消そうと努力した。やり方は、無になることだ。そうするとなんでも吸収できるようになる。これが気休めで、人ひとりの存在を薄めることがそんなに簡単ではないことは明音も感づいている。聞き耳をたてなくても、女子っぽくて高く通る声が、何も間違っていませんよという自信と一緒に伝わってくる。雪の、染めて色素の抜け痛んだ髪が軽やかに揺れていた。甘い香りがうっとうしくて、明音は口で息をする。
「よくわかんないけど、あたし嘘つかないよ。神隠しは本当」
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