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九夏かすみの前髪は眉毛がしっかり見える短さで、その純粋な笑顔を隠すものは何もなかった。登校初日からこんなおかしなことを言うのはふつうではない。これでは、雪たちのいじめの標的になってもおかしくない。自業自得だと明音は思った。
「はあ? 九夏だったら何言っても許してもらえると思ってんですかあ。うちは信じないから。確かにこのへんじゃ有名だけど、そんな簡単に起きるわけないじゃん、神隠しなんて」
「ちょっと、雪……」
雪をとりまく女子のうちの一人が気まずそうな顔をして制止する。九夏に逆らっていることがまずいのか、神隠しなんてと言ったことがまずいのか、明音には分からなかった。
「なに。まずいこと言った?」
今までかすみに向けていたものよりも冷たい口調で、雪がそう答えた。言われた本人はさっと顔を青ざめさせて「ごめ……」と引き下がってしまう。ひかえていた残りの二人も一瞬目線だけを交わして、そわそわしていた。
「信じてもらえないのはしょうがないなあ。困った困った」
かすみは明らかな敵意を向けてくる雪の態度を気にもとめていないようだった。笑いとばしてみせた、というのが的確かもしれない。ひっそり様子をうかがっていたクラスメイトたちがひやひやしているようだった。九夏かすみという人はもう、関わらない方がいい奴として認定されてしまったのだろう。
「天狗様と一緒にいたよ」
その言葉がかすみから発せられたとき、また、空気が変わった気がした。さっきと同じ、異質な何か。明音にはそれが何か分からない。まるでこの空間に自分だけが取り残されてしまったような気がした。誰かと共有したかったけれど、明音には話し相手がいない。だからさっきから、飛び火がうつって自分が標的にならないか心配していたのだ。
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