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 ひとりは、よくいじめられる。明音だって友達はほしい。ほしいけれど、ここにいるようなつまらない話しかしない友達なら、いらないし、合わせるのは面倒くさい。自分で選んで、こうしている。  発言の主を横目で盗み見ると、何を考えているのか分からない顔でただ微笑んでいる。今となってはそれが恐ろしかった。明音にはさっきの言葉が教室という箱の中に溶け込んでいったかのように見えた。誰も何も言っていないのに行われた無言の儀式のようで、明音にだけ分からなくて、恐ろしくなる。それははぶられるとかいう怖さではなくて、自分だけ知らずにいると後で後悔することになるような、祟りに近いような感覚だ。背筋になにかが、ゆっくりと忍び寄ってくる感じがして明音は小さく体をくねらせた。自分の教室が、まるっきり知らないものになってしまったようだった。  そのとき電子音のチャイムが鳴り、一時間目の現代語の先生が教室の扉を開ける。ただよっていた不安定な空気はそこから抜け出していって、日常が戻ったように思えた。雪は残念そうな顔もせずに席につく。明音も眺めるだけになってしまった本を閉じて、机の中にしまった。  たった今埋まった空席の主について考えずにはいられなかった。ほかにも九夏家とか、神隠しとか、さっきの空気とか。この授業なら、うってつけだ。
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