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床には餌入れが転がっている。飯島家で飼われている猫だった。基市は胸を撫で下ろし、溜め息をついてから無線を取った。
「飯島直人と思われる人物を死体で発見した」
無線からノイズ混じりの声が部屋に響く。
「了解」
「そっちはどうだ。見付かりそうか?」
「現在捜索中です」
この時、既に彼は安全な場所に身を潜めていた。事件を起こす数時間前、彼は果てしなく建築物が建ち並ぶ住宅街の中にヒッソリと建っている古いワンルームマンションに立ち寄って準備を整えていた。
単身入居者が大半を締めるワンルームマンションに狙いを定めようと思い付いたのは今日の事では無かったが、彼の思惑通り、住居の略奪は上手くいった。殺すべき標的が一人に絞られる利点を大いに活かした。外では警察が血眼になって彼を探しているが、建物の中に逃げ込んでしまえば、しばらくの間は見付かる事も無いだろう。
電気の付いていない暗い部屋には、付けっぱなしにされたテレビが六本木無差別大量虐殺事件の報道を垂れ流し、浴室からはシャワーの音が玄関にまで聞こえていた。
玄関には、まだ若い茶髪の青年男性が首と胸から血を流し、壁にもたれかかって項垂れて座っている。
マンションの管理会社を装ってインターホンを鳴らした彼が、青年が扉を開けた瞬間にナイフを突き刺して殺めた。グッタリとして下を向く青年の顔には生気が褪せ、瞳孔は完全に散大して対抗反射は消失していた。
シャワーの音が止んだ。彼がタオルで髪を拭きながら浴室から出てきた。顔はタオルで隠れていて見えない。色白で華奢な体に水滴が滴る。背中には古い火傷の痕が広範囲に痛々しく傷を残していた。
先程よりはマシになったが、荒い息遣いを続けながら彼はタオルを頭に被せたまま部屋に踏み込んだ。
まだ興奮は冷める素振りも見せなかった。心臓が強く胸を叩いている。自分がした事の重大性に感情は高ぶったまま、彼は荒々しく冷蔵庫を開けると牛乳を取り出し、喉を鳴らして一気に飲み干した。
空になった容器を床に投げ捨て、彼はテレビの方に目を向けた。まだキャスターはカメラに向かって警告を促している。
「犯人は未だ逃亡中です。付近にお住まいの方は十分に警戒した上で、」
彼はテレビを見ながらベットに腰を降ろした。大きく息を吐き、刺々しく脈打つ感情を落ち着かせようと努めた。まだ興奮が冷めない。
足元にあるリュックの中から髑髏の仮面を取り出す。
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