チャプター2

2/7
前へ
/152ページ
次へ
事件の翌日。午前7時13分。空は曇天だったが、穏やかな朝が訪れた。 「それでは次のニュースです。未だに行方が分からないままの六本木無差別殺人事件の犯人。素性も判明できず、捜査は難航している模様です」 ここで錦戸はテレビを消した。一人暮らしの友子の部屋の小さなテレビから出る音も止んだ。 錦戸は既にスーツに着替えて朝食を摂っていた。リモコンを机に置き、その手はコーヒーカップを掴んだ。口をつける前に問い掛ける。仕度を続ける冬月に向かって。 「休まないのか」 返答を待ちながらコーヒーを啜る。まだ少し熱く感じ、すぐにカップは口から離れた。 シャツのボタンを留めながら冬月は言う。 「休めないよ…」 ゴミ箱には血塗れの包帯が入っている。それを錦戸は知っていた。つい、目線がゴミ箱に移る。 出血は止まったものの、まだ冬月は額に包帯を巻いている状態だった。 前髪を整えながら、鏡に映った自分の顔を見て怪我の痛みを強く感じた。 「怪我、大丈夫なのか?」 「怪我は平気」 弱々しい声が部屋に響いた。 錦戸は立ち上がって冬月に近寄った。 「友子」 「ん?」 「キミが俺を望んだ。俺もキミを望んでる」 冬月は目を丸くしながら振り向いた。 「どうしたの急に」 「嫁と別れる事にしたんだ」 「えっ…」 「結婚しよう」 「うそ…ほんとに…!?」 「ほんとに」 「嬉しいっ」 涙ぐみながら冬月は錦戸に抱き付いた。錦戸は微笑みながら冬月を抱きしめて頭を軽く叩いた。 「友子を失ったら俺は何も残らなくなる。虐殺仮面なんて追うな」 冬月は迷った。 「でも…駄目…休めない…ここまで頑張ってこれたのは俊郎さんのおかげだから…だからこそ、最後まで頑張りたいの。子供の頃から憧れだった刑事の仕事を」 体が離れる。冬月は錦戸の顔色を窺った。そこには優しい微笑みがあった。 「真面目な子だな」 冬月は安堵の表情を浮かべながら笑った。 「どこが?不倫してるのに。私はただ事件を解決したいだけ」 「プロみたいなこと言って」 「プロですよ…!」 幸せそうに笑い合う二人。 二人の事情が、二人を繋ぐ理由になった。やがて不貞は純愛に姿を変え、ただ一人の犠牲を除いて至福をもたらすのだろう。 「無茶すんなよ」
/152ページ

最初のコメントを投稿しよう!

18人が本棚に入れています
本棚に追加