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事件の翌日。午前7時13分。空は曇天だったが、穏やかな朝が訪れた。
「それでは次のニュースです。未だに行方が分からないままの六本木無差別殺人事件の犯人。素性も判明できず、捜査は難航している模様です」
ここで錦戸はテレビを消した。一人暮らしの友子の部屋の小さなテレビから出る音も止んだ。
錦戸は既にスーツに着替えて朝食を摂っていた。リモコンを机に置き、その手はコーヒーカップを掴んだ。口をつける前に問い掛ける。仕度を続ける冬月に向かって。
「休まないのか」
返答を待ちながらコーヒーを啜る。まだ少し熱く感じ、すぐにカップは口から離れた。
シャツのボタンを留めながら冬月は言う。
「休めないよ…」
ゴミ箱には血塗れの包帯が入っている。それを錦戸は知っていた。つい、目線がゴミ箱に移る。
出血は止まったものの、まだ冬月は額に包帯を巻いている状態だった。
前髪を整えながら、鏡に映った自分の顔を見て怪我の痛みを強く感じた。
「怪我、大丈夫なのか?」
「怪我は平気」
弱々しい声が部屋に響いた。
錦戸は立ち上がって冬月に近寄った。
「友子」
「ん?」
「キミが俺を望んだ。俺もキミを望んでる」
冬月は目を丸くしながら振り向いた。
「どうしたの急に」
「嫁と別れる事にしたんだ」
「えっ…」
「結婚しよう」
「うそ…ほんとに…!?」
「ほんとに」
「嬉しいっ」
涙ぐみながら冬月は錦戸に抱き付いた。錦戸は微笑みながら冬月を抱きしめて頭を軽く叩いた。
「友子を失ったら俺は何も残らなくなる。虐殺仮面なんて追うな」
冬月は迷った。
「でも…駄目…休めない…ここまで頑張ってこれたのは俊郎さんのおかげだから…だからこそ、最後まで頑張りたいの。子供の頃から憧れだった刑事の仕事を」
体が離れる。冬月は錦戸の顔色を窺った。そこには優しい微笑みがあった。
「真面目な子だな」
冬月は安堵の表情を浮かべながら笑った。
「どこが?不倫してるのに。私はただ事件を解決したいだけ」
「プロみたいなこと言って」
「プロですよ…!」
幸せそうに笑い合う二人。
二人の事情が、二人を繋ぐ理由になった。やがて不貞は純愛に姿を変え、ただ一人の犠牲を除いて至福をもたらすのだろう。
「無茶すんなよ」
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