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2018年、6月下旬。東京、六本木。
その日は長らく続いた梅雨の明けを思わせる快晴の空が眩しかった。
日曜の午後という事もあり、六本木交差点付近には大勢の老若男女が人生のひとときを普段通りに過ごしていた。
今日も街は賑やかだった。国道を走る車の通過する音にも劣らない、犇めき合う人間達の重なり合う足音と会話の声。四方八方から聞こえる声は、どれもが個人の意見や感想を嬉々として隣人に主張していた。
一人で黙々と目的地へ向けて歩く者も居れば、宛もなく友人と肩を並べて歩く者も居る。
立ち止まってスマホを確認する男。若く美しい女性の二人組は寄り添い合って自撮りに夢中。コンビニには入れ替わり立ち替わり人が出入りし、棲ました表情で日傘を差して歩くマダムの隣を男子小学生の二人が走り抜け、それにぶつかりそうになって舌打ちをして足を止めた女子高生の下半身を眺めながら後を歩く中年の男が右手に握っているスマホは録画モードになっていた。
うじゃうじゃとアスファルトの上を行き交い、横断歩道を渡り交じ合う人間の群れは、上空から見下げれば巣穴に群がる蟻の群れと大差は無かった。
偶然にもこの時間帯に此処に立ち寄った全ての人間達が懸命に生きていた。しかし、日常は予期せず壊される事になる。
彼は、六本木通り手前のビルに囲まれた路上に停めた一昔前の高級車の車内で顔に悪趣味な髑髏の仮面を装着したばかりだった。黒色の禍々しい表情をした髑髏の仮面で顔は完全に覆われた。ひとつ苦しそうに嗚咽を洩らし、ベルトの留め具を後頭部でしっかりと留めてからウェストポーチを腰の両サイドに装着した。
助手席に置いてある鉄製のバールとリュックサックを残し、彼はゆっくりと車から降りた。ドアを閉め、仮面の息苦しさを感じながら静かに呼吸し、網目状になっている目元の穴から目の前に広がる世界を見渡した。雲ひとつ無い快晴の青空と、聳え立つビルの群れ。そして、暖かな太陽の光を浴びながらノウノウと歩き回る人間達。彼は拳を強く握りしめた。
成人男性の平均身長よりもやや小柄な彼の服装は、黒のTシャツにジーンズと軽装だった。
彼の姿が目に入った人間は彼に目線が釘付けになった。コスプレか?ユーチューバーか?前方から歩いてきた女子高生は悪趣味な髑髏の仮面を見てしばらく目が離せなかった。その後ろを歩いていた中年男もまた同じく。
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