チャプター1

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仮面の下の表情は全く窺えない。彼が笑っているのか、息を切らしているのかも分からない。 彼はとどめにナイフを警官の口からうなじに貫通させた。警官は疑問を脳裏に浮かべたまま命を落とした。 ナイフが引き抜かれ、警官は彼の足元に転がった。それには気にも止めず、サイレンが聞こえる方向に顔を向けると3台目と4台目のパトカーが近付いてくる光景が目に入った。すぐ後ろに5台目のパトカーも迫っていた。彼は走り出した。角を曲がる。付近に人の姿は無かった。ひとつ裏の路地に路駐していたアリストに乗り込んだ。すぐ後ろでは拳銃を構えて追い掛けてくる警官達の物々しい足音と怒声が聞こえる。 「逃がすなっ!」 「待てっ!」 アリストの真っ黒の車体は太陽の日射しを受けて輝いていた。彼は鍵を回してエンジンを掛けた。急発進した車体は、そのまま全速力で真昼の公道を疾走し始めた。その後ろをパトカーが3台と黒色の覆面パトカーが1台、サイレンをけたたましく鳴らしながら猛スピードで追い掛ける。 先頭を走る覆面パトカーを運転しているのは刑事課の中でも最も優秀と言われている基市信也だった。 20歳で刑事になってから34歳になる今年まで、頭の良さと捜査センスを武器に数多の事件を解決に導いてきた実績がある。薄っすらと口髭を生やしたワイルドな顔付き。その鋭い眼光が前方で逃走を続ける彼の車を睨んで離さない。 「こちら基市、容疑者を目視で確認…!現在澁谷方面に向かって走行中…!」 その隣には部下の女刑事が表情を強張らせて座っていた。肩にかかる程度の黒髪に、目の上で前髪を切り揃えたパッとしない容姿の冬月友子。ルックスも頭脳も30点。刑事としての実績も皆無だった。今年で25歳になった冬月は部署では最年少だったが新米と呼ぶには歳月が経ちすぎている。4年間手柄無しの事実は署内でも囁かれ、落ちこぼれの烙印を押されていた。 そんな冬月に基市は前を向いたまま問う。 「大丈夫か?」 「吐きそうです…」 「車、汚すなよ」 既に速度は110キロをオーバーしている。車間をすり抜ける為に逆走を繰り返しながら爆走する5台の車。信号など当然守らない。いつ民間人が事故に巻き込まれてもおかしくない状況だった。 距離は徐々に縮まりつつあった。 彼は仮面を着けたままの顔で一瞬だけ後ろを振り向いた。
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