チャプター1

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基市は怒鳴る。 「タイヤを撃て!タイヤを!」 「はいっ」 4発の銃声が唸った。しかし銃弾はタイヤに命中しないまま、数分間の危険な住宅街でのカーチェイスの果てに彼は目的地に到着した。勿論、それまでに何人か通行人を轢き殺した。彼らの人生は今日唐突に終わらされた。しかし、そんな事は彼にとってはどうでも良かった。 片側一車線の住宅街のど真ん中で彼が咄嗟に踏み込んだのはブレーキ。けたたましいブレーキ音を上げて急停止したアリスト。驚いて基市もブレーキを踏んでハンドルを切ったが、遅かった。2台の車は衝突し、衝撃で運転席と助手席にエアバックが飛び出した。宙を舞うボンネットが潰れた覆面パトカー。次の瞬間、車は屋根からアスファルトに叩き付けられた。屋根も潰れ、半壊した車体は完全に原形を失っていた。 頭を打ち付けて額を裂傷した冬月は顔に血を流して気絶してしまう。目が覚めた時、断続する頭痛の中で基市の声が遠くから聞こえた。 「…つき…!…ゆつき…!冬月…!」 体を揺さぶられ、意識を取り戻すと視界も少しずつ開けてきた。まず視界に入ってきたのは粉々に砕けたフロントガラス。その破片にまみれたエアバック。窓の向こうの道路の景色は逆さまだった。 全身に鈍痛が襲った。耳鳴りが酷い。 「うっ…」 目を細めて顔を歪める冬月。ぼやける視界と音声。ヘリコプターの音と救急車のサイレンの音が煩い。複数人の騒々しい声や足音も頭に響く。 「怪我人はっ…!?」 言いながらドアを開けたのは救急隊員だった。おぼつかない意識でゆっくりと周りを見渡すと、現場には既に何人もの救急隊員と野次馬、警察が慌ただしく辺りを取り囲んでいた。 「生きてるか冬月」 逆さまになった状態の運転席で険しい表情をしている基市の頭からも血が流れて顔に垂れていた。 「基市さん…」 頭を押さえる冬月。手に付着した血液を確認しながら、 「犯人は…?」 「今、他の奴が追ってる。バールでマンホールを開けて下水に逃げ込んだらしい」 「マンホールを…?」 「全て準備していたようだ…上空からの追跡を逃れる方法も」 冬月は言葉に詰まり、鈍痛を感じながら顔面蒼白で呆然とするばかりだった。 そこに救急隊員が冬月の肩にソッと触れて車から出るようにアシストした。 「ゆっくり降りて下さい、ゆっくり!近くの病院に搬送しますので」 運転席側のドアも救急隊員によって開けられた。
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