チャプター1

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「大丈夫ですか…!?容態は!?」 「足が挟まって動けない、引っ張ってくれ」 割れた窓ガラスがパラパラと地面に落ちる。 「俺はこれから奴の車のナンバープレートを割り出して持ち主のところに行く。お前はしばらく休め」 シートベルトを外そうとした冬月の手が止まった。 「私も…!」 「駄目だ。お前はまず病院だ」 冬月は目に涙を浮かべながら、 「基市さん…!」 逆さまの状態で見つめ合う二人。基市は黙って冬月の言葉を聞いた。 「すいませんでした…私のせいです…」 「……いや、お前だけの責任じゃない」 基市はそれだけ言うとシートベルトを外した。 支えが無くなった事によって体は下に落ちる。両腕で体を支えながら救急隊員二人の手を借りて大破した車から這い出た。その間、冬月は声を殺して涙を流し、泣いていた。 彼が去った後の六本木交差点は悲惨だった。路上のあちらこちらにナイフで虐殺された死体が転がり、アスファルトの上には血痕が生々しく幾つも広がっていた。 建物の中から恐る恐る出てきた野次馬連中と、たまたま通りがかって悲鳴を上げる何も知らない人々、次々と停車する車、続々と駆け付けた警官、マスコミ、救急隊員達が慌ただしく現場にごった返していた。 彼は、何故こんな悲惨でしかない事件を起こさねばならなかったのだろうか。何が彼をここまで残酷に突き動かしたのだろうか。 この出来事は、日本至上稀にみる極悪無差別大量虐殺事件として、事件発生から数十分も立たない内に日本全国に速報された。 ベテランの女子アナがいつにも増して真剣な表情でカメラ越しに伝える。 「番組の途中ですが緊急速報です。先程、午後2時過ぎ頃、六本木、六本木交差点付近で無差別大量殺人事件が発生しました。えー…、現在、現在の時点で、死者は26名と確認されています、」 60インチのテレビが映すそれをソファーで寝転がって見ているのは、水野真希。 ここはとあるマンションの一室。小綺麗に片付いて生活感を感じさせないこの部屋は、プロボクシングチャンピオンの瀬川達也に相応しい高級感のある部屋だった。 高級感を演出しているのは、広いリビングと、そこに配置された家具の上質感で間違いないだろう。 真希は達也の恋人で達也と同い年の31歳。平均的な身長に抜群のスタイル。セミロングの綺麗な黒髪と、スッピンでも整って見えるその顔立ちは、俗に言う大和撫子そのものだった。
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