序章

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「今ので動揺でも誘ったつもりか、甘いんだよ」  彼は剣を掲げた。刃の傷は一層深くなり、零れる光は一層輝きを増した。 「俺が何人の死を見てきたと思ってやがる」  周囲の火炎を吹き飛ばし、瘴気すらも消し飛ぶ。燐光に照らされ、幾つもの炭と化した人の塊、床に突き立つ幾つもの剣が淡い光を放ち、蛍のように飛び立っては、彼の刃に集まっていく。そして、彼自身の身体からも淡い光が放たれる。 「そして、何人の命を使い潰してきたか……!」  血に塗れた顔を、偽悪的に歪めた笑みで塗り固め、怪物へと向かう。少女が否定する声は、彼には届かなかった。 「我が刃は三公闘戦の剣なり、滅せよ、百鬼退散、怨敵降伏、諸願成就」  彼を含めた数多の命が熱を持ち、彼の刃を熱し、叩き、遂には内側から砕け、巨大な光刃を形成する。苛烈に燃え上がる剣を彼は振り抜いた。  咄嗟に防御しようとして振り上げた両腕ごと、怪物を叩き斬る。渾身の一撃は怪物を易々と切り裂き、裂いた先から炎が流れ込み、内側から怪物を焼き祓う。  燃え上がりながら炭と化していく怪物を眺めながら、彼は床に倒れた。その体もまた、祓った怪物と同種の火に焼かれていく。 「嫌、駄目……」  少女が駆け寄り、涙を零した。強い癖に泣き虫で、構ってやらないとすぐにいじける面倒な女だと思っていた。だが、自分はもっと酷い。弱い癖に粋がり、辛く当たり散らす面倒な男だったことだろう。  今更優しくなったところで、罪滅ぼしにもならないが、彼は少女の髪をそっと撫でた。彼女の手にある剣もまた今にも砕け散りそうであった。お互い、長くはない。  せめてもの間、こうして―― 「私……助け…」 「何……?」  少女が何事かを呟いた。瞬間、少女は彼の胸に刃を突きたてた。 「おま……」 「私の命を――君に」 ――馬鹿野郎。    叫び声は、燃え盛る命の火によってかき消されて、届かない。
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