壱 出会う二人

2/41
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/55ページ
 夏の生温かい風に吹かれ、カランコロンと申し訳程度に鳴る風鈴の音を聞きながら、土御門日向(つちみかどひゅうが)は身体を起こした。身体中汗で生温い湯にでも浸かったかのようで、頭の中では見えない鐘を誰かがガンガン鳴らしていた。頭痛だ。  時計を見ると、朝の6時。夏休みを満喫する高校生の起床時間にしてはちょっと早いが、日は既に昇っていた。冷房の風が嫌いなので夜中の内に切るようにしている。なので朝には彼の部屋はちょっとした蒸し風呂状態になる事もしばしば。 「あちぃー、だりぃ……」  気だるげに身体を起こし、汗でぐっしょり濡れた赤毛の髪をタオルで拭く。鏡を見て髪を整えようとしたが、どうにも締まらない。諦めて部屋を出た。一階へと赴こうとして、日向は足を止める。  ぼうっと淡く儚く光る女が目の前で立っていた。  年は日向と同じ位だろうか。前髪はおかっぱで後ろ髪は腰に届く位の長さ。目鼻は整っているのだが、どことなく幸薄そうな雰囲気を全体から醸し出している。  日向が自分の姿を認識したのを見て、嬉しそうに、本当に嬉しそうに、口の端を吊り上げて笑い、ゆらりと近づく。  その手がゆっくりと持ちあがり日向の身体へ――。 「お――」 「おはようございます、ユウコさん。朝っぱらからセクハラとはふざけてやがりますね?」  がしっとユウコさんの手首――防がなければ腰を触られていた――を即座に掴んだ日向は、そのまま背中へと回した。その鮮やかな手の速さ、関節をあらぬ方向に曲げられたユウコさんは膝をつき、空いてる手で床をタップする。 「ぎぶー!!ぎぶ!!!」 「……もう二度とやるなよ?」 「はい、申し訳ありませんでした」  凄むと、ユウコさんは目に涙を浮かべてそう答えた。直前のやり取りを知らなければ、男が女を力で組み伏せて泣かせてるという、バイオレンスな光景に他人の目には映ることだろう。 ――他人の目に映れば、の話だが。
/55ページ

最初のコメントを投稿しよう!