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背後で息をのむ気配がした。靴が地面をこする音がして、足音が遠ざかっていった。じっとりとした夜気が背中を焼きつける。背番号の裏地が、汗で濡れた肌に貼りついていた。
ぼくは部室で着替えをすまし、校門に向かった。渡り廊下を横切ったところで、校舎から名前を呼ばれた。
化学教師の水木だ。やせほそった体を白衣に包み、白髪まじりの垂れた前髪のすきまから、陰気な眼差しを向けてくる。
「できたよ。薬」
ぼくはうなずき、水木のあとについて実験室に向かった。
室内に入ったとたん、消毒薬の匂いが鼻についた。白い無機質な部屋で、薬品棚に薬ビンが並び、実験道具がちらかり、人体の骨の標本が飾られていた。
水木が差し出したのは、ラベルを外した330mlのペットボトルで、赤い液体が六分目まで入っていた。
ぼくはペットボトルを受け取った。
「効果は二時間しか続かないよ。試合が始まる直前に飲むんだよ。一息にぜんぶだよ。いいね」
ぼくはわかったと答えて、実験室をあとにした。
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