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「何か言い残したことはあるか、魔王」
長く辛い、戦いの日々。その終焉が、今まさに訪れようとしていた。
勇者の前に倒れ込み、喉元に剣の切っ先を突きつけられているのは、何を隠そう魔界軍の総帥たる魔王。
激戦の末、ようやく勇者は魔王を打ち倒すことができたのである。
「ふ……わしもここまで……か」
全ての魔力、体力、そして気力を使い果たした魔物の王は、観念したように目を閉じる。
まことに無念である。しかしながら、共に充足感も覚える。不可思議なこともあるものだ。
「わざわざ最期の言葉を聞いてくれると言うのなら……たった一つの心残りがある。それを聞いてくれんか」
しかし勇者は黙ったままだ。
魔界の王というくらいなのだから、もっと諦め悪く喚き散らすものかと思っていた。今まで倒してきた雑兵どもと同じように。
死に面しているというのに、この落ち着きはどこから来る?
「わしには……一人娘がいる。先月生まれたばかりの子だ……どうかわしの死後、娘のことを……」
そこに、自身の野望を高らかに語る魔王の姿はどこにもない。
ただ、我が子の身を一番に考える、父親がそこにいた。
「……俺がお前の頼みなんて聞いてやると思うか?」
だがそれも虫のいい話。
これまで魔界軍の侵攻で何十の村が滅び、何万の死人が出たか。それを忘れるほど魔王は耄碌としていないだろう。
勇者も、故郷を滅ぼされた一人。そのような戯言、聞く耳を持つわけもない。どころか一層憎しみが増した。
「……頼んだぞ、勇者よ」
「もういい。死ね」
目を閉じ、あとは死を迎えるのみとなった魔王の喉元に……。
勇者の握る白刃が深々と突き刺さり、鮮血をまき散らした。
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